2012年7月30日

タッチドローイング・リトリートの体験 - へその緒のトンネル



リトリート初日の夜、母に対して憤っている夢を見た。穏やかな波を突如襲う感情の嵐は、開放を求めて意識の下層から出てきたようであった。まだこんな感情があったのかと驚いたが、どうやら母の固定観念や古いやり方へのこだわりに対して不満があったようだ。夢は、自分は母とは考えが違うということから来る摩擦のストレスが余韻として残った。

そこで、この夢の感覚を絵にしてみた。

体に意識を向けてみると、この感情はおへその辺りから出ているようであった。竜巻のような感情の渦の中央に母の顔を描いてみた。すると、竜巻はへその緒に見えてきた。

私は、へその緒が首に巻きついて半死状態で生まれたことを思い出した。へその緒を巻きつけたテーマはドローイングをしていて以前にも浮上したが、今回の絵は自分のへそからへその緒が出ているという点で、大きく異なっていた。

最初、母の想いを首に絡めて生まれてきたような感覚になり、過去にセラピーのセッションで体験した、母と自分が重なり合っていた感覚や、私の体の中から過去世からの母の古い思念が出てきたことなどが腑に落ちた。

私はハートの部分に3つの円を描いた。中央には、2つの円とそれを統合する円とが交わる空間があった。それは、すべてを超越した漆黒の宇宙空間であった。


感情に対するこだわりが消えると、描いた母の顔はもともと表情がなく、これは母ではなく、自分という感じがしてきた。

この後に引いたソウルカードの人物は、まさにその自分自身を表しているようであった。赤い丸がへその緒の断面のようにも見えてきた。



このカードを味わってみると、そこには孤独と安らぎが感じられ、休息している、溜めている感じもする。いずれにしても「管の中に入っている」感じがしたため、そこにフォーカスして、今度はへその緒という管を外から見ているイメージを描いてみた。

興味深いものが出来上がった。最初、首を伸ばして息をしようとしているように見えたが、別の日に見てみると、ボルテックスの中にいて、エネルギーのトンネルの中で癒されながら拡大していく自分のイメージが来た。


うずくまっていた姿勢から、大きく伸びていく姿勢へと変化するとき、変化の中で起きる古いものと新しいものとの摩擦のストレスを感じながらも、古いものを脱ぎ捨て、またひとつ新たな段階へと進んでいく自分がいた。


Introspection for Growth (内省と成長)

2012年7月29日

タッチドローイング・リトリートの体験 - 絵が語る



2日目の朝食前に、舞踏家の人がリードするムーブメントのセッションに参加した。朝起きて一日の活動を始める前のムーブメントということで、まずは自分の全身の肌から始まり、次に内臓、骨、筋肉と順に感じながら体を動かしてみるというのをやった。内臓に意識を向けたとき、特に腸の部分が気になったため、午前中のドローイングでこれを思い出して、腸の感覚を描いてみた。

両手の指をぐにゅぐにゅさせながら腸を描いていると、この感じは脳に似ているなあと思えてきたので、紙の上の方に同じような指の動きで脳を描いてみた。そして、この2つの臓器を背骨でつないで血管のようなものを描いてみると、いきなり腸が語りだした。

「食べ物を詰め過ぎると私(腸は)嬉しくない。軽いほうが動きが良い。うまく機能できるのだ。腹八分目という言葉があるように、詰め込み過ぎはよくない。むしろ空っぽくらいのほうが力がみなぎって、吸収力が抜群に働くのだ」

ははあ、と思って見ていると、今度は脳も語りだした。

「私(脳)も腸と同じ。マインドが忙しいと、ろくな働きができない。頭に考えがいっぱい詰まっているとうまく機能できない。むしろ空っぽの方が直感や閃きが入って来やすく、入ってきたときにすぐ気づける。人生を推し進めるのは、直感や閃きのほうなのだ。受け取って、それに基づいて動く。生き方がシンプルになりエネルギーを効率的に使え、充実する」

私は楽しくなってきたと同時に驚いた。なにげなく描いた絵が人格を与えられたかのように語り始めるとき、絵は異なる次元を帯びてくる。

この腸は男性的なエネルギーを発し、語る言葉も力強い。体の中でも古い臓器にようで、妙に存在感がある。私が入れる食べ物をいつも黙々と処理して陰で働いてきた腸に、こんなふうに諭されるとは。

脳も腸の言葉を支持し、私に訴えかけてくる。なるほどと思いながら絵を見ていると、この2つの臓器は違う場所にあるが、同じなのだということが伝わってくる。そして、単に機能的なこと以外に、特別重要な役割を果たしていると言いたがっているようでもある。

The Intestine and the Brain (腸と脳)



デボラさんがタッチドローイングのデモで顔を描いたが、今回は通常の描き方に加え、自分の顔の部分をひとつずつ感じながら目を閉じたまま描いてみる方法を教えてくれたので、それを試してみた。

まずは目。大きく見開いた感じなのでそれを描き、鼻もしっかりとした感じ、口は「オーム」という音を発している感じがしたため、それを描いた。そして目を開けてみると、目も鼻も口もそれぞれが存在を主張していて、自分が思っていたよりもずっと大きく描かれていた。

最後に額の部分にグルグルと渦巻く円と顔の輪郭を描くと、それは、あるミュージアムに展示してあった先住民のシャーマンが着ける仮面を思い起こさせた。目と口は異次元への出入口のようであり、そこから吸い込まれていくような感覚になった。

この目はしっかりとすべてを見ている。闇の中も見通せ、真実を見抜ける目。額から情報をキャッチし、口から息が吸い込まれると、そこから調和の音が発せられる。その波動は闇の中に響き渡り、漆黒の闇から光と共に変容がもたらされる。

心の目で感じた自分の顔は、物理的な自分の顔とはあまりにもかけ離れていて、ある意味「常識から外れた」顔である。しかし、常識ゆえに気づいていない自分、遠い記憶のような質を持った自分が深遠な場所から出現した感覚を味わうと、その瞬間、自分の中で何かが弾けた。

色を塗り、「仮面の仮面」というタイトルを付けた。これは私にとってインパクトのある意外な絵となり、お気に入りの絵のひとつとなった。

Shaman's Mask (シャーマンの仮面)

2012年7月27日

タッチドローイング・リトリートの体験 - 初日


先々週に参加したタッチドローイングのリトリートは、5泊6日ということもあり、通常のドローイングに、ムーブメントや発声、パートナーを感じ取ってのドローイング、屋外でのドローイング、ラビリンスを歩く瞑想、沈黙の日など、深い体験を促す要素が組み込まれた総合的なものとなり、また、必要な人にはセラピストやボディワーカーのサポートも提供され、ゆったりとした時間の流れの中で、存分にドローイングができた。

絵の具を塗った紙の上で感じるままに指を動かすだけという極めて単純な手法が、実は深い心の世界を見事なまでに映し出し、その瞬間に起こっているプロセスを浮き彫りにするだけでなく、高次の意識からのメッセージまでもが形と共に現われる。

タッチドローイングは内なる自分との対話のプロセスそのものであり、描いている自分を常に見守っている自分がいる感覚があり、そこにはごまかしも嘘もきかない。ただ、真実があるのみである。

デボラさんと参加者全員で作る、神聖とも言える絶対的に安全で守られた場の中で行うドローイングは、6日間の間に大きなグループエネルギーの渦の中で、自分の指からこぼれる出る情報を明らかにしていった。

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ここから、描いた絵のいくつかをご紹介します。

リトリートは初日の夕方、全員で夕食を共にすることから始まった。その後、夜に描いたもの。リトリートのウォームアップとして、体にフォーカスしてみると、ごく自然にエネルギーの流れが描かれた。








 この日は晴天であったが、夜中に突然稲妻とともに雷が鳴り、この地には珍しく雨が降った。それは、天と地からの祝福のサインであった。日中は晴天なのに夜中に雷が鳴るという日が何度かあり、リトリート最終日はフィナーレのように、朝から雷がとどろき大雨が降った。リトリート中、ずっと私たちは祝福されていたのを感じた。

放たれる稲妻の光は、雨と共に大地に滋養となるエネルギーを与える。雷のスピリットと繋がるとき、人は天と地を繋ぐ避雷針となり、創造のエネルギーを放つ媒体となる。

The Catalyst - Connecting with Thunder Beings (媒体になる - 雷のスピリットと繋がる)

2012年7月20日

2012年 タッチドローイング・リトリートの体験 (1)







先週、年に一度開かれる5泊6日のタッチドローイング・リトリートに参加した。場所は、シアトル沖のビュージェット湾に浮かぶ島ウィッビーアイランド。

この島の深い森の中にあるリトリートセンターに、アーティスト、ソーシャルワーカー、ボディワーカー、教授、会計監査官、セラピスト、カウンセラー、シャーマン、ヒーラー、アニマルコミュニケーター、鍼灸師、舞踏家、学生など、様々なバックグラウンドを持つ女性ばかり29名が、全米各地およびカナダから参加した。

私にとって、参加することは勇気のいることであった。5泊6日もの長い時間を30名近くのアメリカ人と共に過ごすことを考えるだけで、怖気づいたからである。

しかし、この秋に仙台に移ることが決まると、ここでの残りの時間をいかに過ごすかということが突然重要な意味を帯びてくる。

もう迷っている時間などない、今やらずにいつやるの?やらずに後悔するよりは思い切って飛び込んだ方がいいじゃないと、私の心は腹をくくることを迫ってきた。

えーい!と思考を止めて、オンラインで参加申込書に記入し、コンピュータの送信ボタンを押した瞬間、私は見えない膜を一枚くぐり抜けた感覚を覚えた。そこからは、体が熱くなるような力とワクワク感が湧き上がってきた。そうだ、その調子!

マインドが押さえつけてきた冒険好きで天真爛漫な部分の自分は、やっと表現できるスペースを与えられて喜んでいた。天はそれを祝福してくれたがごとく、当初、思考が壁となって私を不安にさせていたことは、すべて消え去った。私の中の力関係が逆転したのだった。

現地に到着すると、言葉の壁がある(英語で十分に表現できない)から人と繋がれないかもしれない、内から起こる感覚的なことを十分シェアできないかもしれないという不安は消えていた。ハートが開くとこれほどまでに変わるのかと思うほど、落ち着いて堂々とした自分がいた。

初めて会う人たちばかりなのに、懐かしい。どんな人なのか知ろうとする必要もない。特定の人とは心と心が引き合い、魂レベルの会話が始まる。ハートからの言葉が通い合う喜びに涙し、抱き合う。深い安堵感と充足感。心の家にいた。

神秘に包まれた深い森の中で、落ち着いた成熟した人たちと過ごした6日間。それぞれの持つユニークなエネルギーの糸が重なり合い、繊細で複雑な模様を織り成し、それは日を追うごとに美しさと輝きを増していった。

私は今回、タッチドローイングの創始者でこのリトリートを主催しているデボラさんは、真に自然との調和に生きている人であることを知った。参加者が部屋のベッドで眠るとき、デボラさんは屋外の草の上で寝袋で寝ていた。大地に触れ、太陽を仰ぎ、風を感じ、星空を眺め、それらと繋がり一体になる彼女、大木や大地に額を付けて感謝する彼女の中に、敬意を払い謙虚であることの美しさを見た。そこに神聖さを強く感じた。

そうだ、これなんだ、私が欲していたものは。私は深みを求めていた。彼女が提供するタッチドローイングの場には、神聖さがある。彼女がドラムを叩き、楽器を奏で、歌を歌うとき、そこには万物に対する神聖な祈りのエネルギーが込められているのを感じる。彼女の声に、ドローイングを行う者の心の世界が静かにごく自然に開き始め、そこから神秘が物語を語り始める。

リトリートの開始日と終了日に、稲妻と雨のスピリットから祝福を受けた。フクロウのスピリットとも繋がった。会場でのドローイング、パートナーのエネルギーを感じるドローイング、森の中でのドローイング、ムーブメントの後でのドローイング、ラビリンスを歩いた後のドローイング、そして野生に帰るロングダンス。

夜の森に、野生の声が響き渡る。ロングダンスではドラムを叩き、ラトルを振って、私は男性でもあり女性でもある自分を体中で味わった。自分の中で眠っていたネイティブの感覚が蘇り、ドラムのリズムに体が躍動し、声を振り絞って歌った。疲れることもなく2時間以上ぶっ通しで踊り歌った。

とても懐かしい感覚。やっと出会えた。調和の祈りと感謝と共に大地に生きる感覚。神聖さ、強さ、しなやかさ、温かさ、美しさ。

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深い体験をもたらしたタッチドローイングの6日間で描いたドローイングを、次回から少しずつシェアしていきます。

リトリートセンターは深い森の中にある


マジカルな世界


朝の森は、霧の中で神秘のエネルギーが渦巻いている。
宿泊施設から毎朝ここを通って会場へ。


グランドマザー・創造のスピリット 


リトリートセンターではエコライフを実践している。
敷地内の羊は、食べ残しのメロンの皮を食べてくれる。


地元のオーガニック野菜をたっぶり使った心のこもった食事 




敷地内の大木


この土地のネイティブのマスク



2012年7月7日

人生の青写真 - シアトルから仙台に移り住むことになった


生まれるときに決めてきた人生の青写真と言われるものは、きっとあるのだろう。私はこれまでに、それを垣間見る瞬間が何度かあった。アメリカ留学や結婚もそのひとつである。その瞬間がやってくるとき驚きはなく、常にそこに静観する自分の存在を強く感じる。まるで地図にピンを刺して、今このポイントに来たよと言われているのを黙って聞いているような感覚である。

夫が東北大学会計大学院でスピーチ・コミュニケーションを教えることになり、この10月から5年間、私たちは仙台に住むことに決まった。この話は天から降ったか地から湧き出たのか、いずれにしても、本人たちの通常の意識からは来ていない。

それは、昨年秋に私が帰省した際に、具体的な形として突然やって来た。当初私だけ日本に帰る予定だったが、誕生日も感謝祭も夫一人で過ごすことになるのはあまりにもかわいそうと思い、日本へ遊びに来ないかと誘った。「たまたま」飛行機のマイレージが溜まっていたため、夫は高い航空運賃を払うこともなく、運よくスケジュールもとれて1週間ほど遊びに来れたが、仕事が入って結局実家に立ち寄ったのは2日ほどだけ。すぐに帰る日が来てしまった。

私より先にシアトルに戻ることになっていた夫は、羽田から夜中の便に乗るまでの時間が空いたため、東京に住んでいる友人Dさんに声をかけて夕食を共にした。

大学で教える話は、その夕食の席で突然もちあがったのだった。Dさんは、もともと私がシアトルで留学していたときにシェアハウスに住んでいた人だった。彼は日本人女性と出会い結婚し、日本で生活している。その彼は東北大学での契約が満了したため、後任を探しているとのことだった。彼は私を通して夫を知ったが、今では私よりも夫の友人になってしまっている。2人は同じ年に生まれ、誕生日が2日しか違わないという、これまた不思議なご縁なのである。

夫は弁護士になる夢を持ち、法律を勉強して弁護士になったものの、最初の就職先で入社した年に人員削減のため首を切られてしまった。結婚して1ヶ月後のことである。ローラコースターは急降下した。人生最初の挫折だったのだろう。ショックの状態が続き、高学歴が災いし、夫がかろうじて翻訳の仕事を始めるまでには数年かかった。

ある日翻訳会議でプレゼンテーションをするはめになり、人前でスピーチをした経験がなかった彼は「トーストマスターズ」というパブリックスピーキングなどのコミュニケーションスキルを磨く会に入った。入ってみたら面白くて、そこから会にのめり込んでいった。ボランティアで数年間大役も勤め、仕事や日常生活が危ぶまれるほどのめり込み、私は夫に怒り、会や会員の人たちを恨んだこともあった。

しかし、人生は本当に何が幸いするかわからないものである。

今回の東北大学の話は、夫の学歴とその会での経験がなかったら来なかっただろう。翻訳業は悪くはないが、家にこもって翻訳の仕事をしているとき、夫はイキイキしてはいない。しかし、人と接し、コミュニケーションスキルを人に伝え、教育し、人を育てる活動をしているときは輝いている。「いつか、これがライフワークになるといいね」と夫に言ったとき、嬉しそうな顔をしていた。

寝食忘れるほど好きで人より楽にできて、自分ならここをこう変えてこうやりたいと思うこと。彼の天性の仕事はコミュニケーションスキルを人に教え、育てることのようだ。翻訳ではない。

私はいつか夫にチャンスがやってくることは薄々感じていたが、こちらが探してもいないときに、向こうからやってくるとは2人とも夢にも思わなかった。YESと返事をしたのは冬のことだったが、その後大学側での審査や会議が遅れに遅れ、先日7月4日、町のあちらこちらで独立記念日の祝賀の花火が上がっているときに、正式な返事が届いた。

このタイミングは、私にとって象徴的だった。

26歳で留学を終えて日本に戻り、東京で生活していたときも、絶対にまたアメリカに戻ってアメリカで仕事をしたいと心に決めていた。毎日毎日「アクエリアス」という曲を聴いていた。歌詞はわからなかったが、その曲を聴くとなぜか熱い思いが沸きあがる。絶対にシアトルに戻る、と決めていた。

それから2年後、夫と結婚をするために日本を離れた。ちょうど20年前のことだった。親や日本から離れることは、私にとって意味のあることだった。私はそうすることで体験し、学ぶことが必要だったのだろう。親や日本から離れさえすれば、抑圧から解放されると信じていた。しかし、それは間違っていた。

あるときから日本へ引き戻される流れが始まり、日本でカウンセラー・セラピスト養成講座を受講して、パーソナルパワーを取り戻し始めた。そして、マインドの開放こそが真の自由だということを身を持って理解できたとき、東北大学からの話がやってきた。アメリカ植民地がイギリスからの支配を拒否して独立を宣言した日に、日本へ戻ることが正式に決まった。この流れはあまりにも、できすぎていやしないか(笑)。

友人Dさんは一体何者なのだろう。夫と私と約束して、えらい大役を引き受けてきた魂なのだと思う。なぜなら、私が彼と同じシェアハウスに住んでいたときに、彼の母親がかつてミュージカルに所属しており、6070年代に自由を求めたヒッピーをテーマにしたブロードウエイでのミュージカル「ヘアー」の曲が大好きなのだと話してくれ、他にも8人の住人がいる中で、よりにもよって私にテープをくれたのである。そのときは、もらっておきながら何も関心がなかったが、苦しい東京暮らしをしたときに、毎日毎日テープが擦り切れるほど聴いた。シアトルに戻ることを自分に固く誓って。「アクエリアス」は最初の曲なのである。

昨日、歌詞を拾ってみた。なぜあのとき胸が熱くなったのか、納得できる。

Aquarius

When the moon is in the Seventh House
月が第7宮にあり
And Jupiter aligns with Mars
木星が火星と整列するとき
Then peace will guide the planets
そのときこそ、平和が惑星たちを導き
And love will steer the stars
愛が星々の進路を定める
This is the dawning of the age of Aquarius
これこそがアクエリアス時代の夜明け
The age of Aquarius
水瓶座の時代
Aquarius! Aquarius!
アクエリアス! アクエリアス!

Harmony and understanding
調和と理解
Sympathy and trust abounding
思いやりと信頼が満ち溢れ
No more falsehoods or derisions
虚偽と愚弄がなくなる
Golden living dreams of visions
黄金の命輝く夢が描く未来像
Mystic crystal revelation
神秘的なまでに澄み切った啓示
And the mind's true liberation
心の真の解放
Aquarius! Aquarius!
アクエリアス! アクエリアス!


仙台行きは、夫だけでなく私のためのタイミングでもある。そう、2人にとってのタイミング。

これから仙台への引越しで忙しくなりそうである。