2009年4月1日

豊かな島プエルトリコ - 第6日目(最終日)

「ああ~、何もかも捨てて修道院に入りたい!修道院で、神様にすべてを捧げて静かに暮らす方がずっとラク!」

親に何か言われた後とか、学校で同じ男の子を好きになって、相手の女の子から嫌がらせにあった日の後とか、自分の部屋にいるときに、急に発作のようにそんな思いが胸の中から突き上げてきて、居ても立ってもいられなくなったことが何度あっただろうか。人との関わりで起こってくる日常のごちゃごちゃが煩わしい、俗世から離れたい。

そう思うことがあったのは、小学校の高学年から高校にかけて。こんなことを思うなんて、なんて変な子供だったのだろう。

キリスト教に興味があったわけでもなく、特別に信仰心が強かったわけでもない。むしろ無関心だった。けれど、禁欲的で質素で神に仕える清らかな生活に安心感を覚える部分が、小さい頃から自分の中にずっとあったように思う。

大人になってからも、賛美歌を聴くと訳もなく涙が流れる。それは、懐かしい記憶を辿るような感覚で、さめざめと涙が流れる。魂が思い出すときには、必ずと言ってよいほど、そのようなさめざめとした涙になる。

修道院を改造して今はホテルとなったエル・コンベント。昨夜はホールでピアノの演奏があり、一曲ごとに、男女の恋にまつわる様々な心模様を詠った詩の朗読があった。

喜び、怒り、悲しみ、恍惚感、嫉妬、絶望感。「愛」をテーマにした曲は様々な感情を乗せて、聴く人の心に響き渡る。アンティークの重厚なソファに体を沈めて聴き惚れている人々を見ていると、突然違和感が襲ってきた。それを振るい落とそうと視線をそらして辺りを見回すと、この空間に閉じ込められてきた感情のようなものが浮かび上がってきた。

修道院は今から360年ほど前に建てられ、250年に渡る長きの間、ここで修道女たちが生活をしていた。外部から遮断された環境にこもって質素で禁欲的な日々を送り、祈りと共に神にすべてを捧げていた時代だった。



しかし、ここは今では高級ホテルとなり、くつろぎや贅沢、行き届いたサービスの快適さと快楽を求めて、常にさまざまな人が行き交う解放された場所となった。皮肉にも(?)、修道院ではおそらく禁じられてきたことすべてが提供されている場所に。



壁や柱や天井から、塗られたペンキや貼られたタイルの下から、そして空間からさえ、当時の「思い」が伝わってくるようである。それは、私の中にあって忘れられていた遠い記憶にある感情と重なって、ここにいる今の自分に跳ね返ってきた。



神への献身と引き換えに、抑圧され閉じ込められてきた感情、置き去りにされ抹殺されてしまった感情が、そこにあった。本当は表現したかった感情があったはず。外界へ出て、自分の足で歩き回って、やりたいこともたくさんあったはず。

コーヒー中毒にチョコレート中毒、アルコール中毒・・・。私は目的を達成するための仕事中毒以外は、「・・中毒」になったことがない。堪能したことがなく、思い切り羽目をはずしたり、感情に溺れたこともない。いつもどこかで自分をコントロールしているため、大失敗をして後悔したこともないが、心から楽しんだこともあまりない。自分の感情に鈍感で、痛みも我慢も平気だった。自分に厳しくすることは得意でも、自分にご褒美をあげることは大の苦手。

「もういい・・・」
「もう終わったのだ」
長い回廊にこだまするように、その言葉が心に響き渡った。

私は、「もういい」と思うまで、ずっと同じことを繰り返してきたのかもしれない。

「もっと楽しみなさい、感情を味わいなさい。開放しなさい」
そんな自分にもう一人の自分はこう言っている。

どこかにこもって世俗と離れた生活をすることで、神との関係を築く時代は、私の中ではもう終わった。今の私はそんなことは望んでいない。肉体と豊かな感情を持った人間として、それを味わうことが、より自分らしく生きること、それが私が経験してみたいこと。

私の中で、神は懺悔して赦しを請う対象ではない。これからは、神と共同で創造してゆく。それは人と深い信頼関係を築くようなもの。自分や周りのすべての人の中に神性を見出したら、なぜ外界と遮断してこもってなどいられるだろう。なぜ感情を抑えてなどいられるだろう。

喜びの中に生き、それを人と分かち合い、様々な出来事に出会って、共に泣いて笑って、助け合って喜び合って、時にはぶつかり合ったりして、それが生きていることだと実感することこそが、今の私が神に仕える新しいやり方。それが自分に最も納得できる生き方。



飛行機の出発までの少しの間、オールドサンファンの街を歩いてみた。

入港する巨大なクルーズ船。まるで大きな建物が動いているようだ。

最後に、世界遺産のエルモロ要塞へ行ってみた。重苦しくて中には入らなかった。

海賊や他国からの襲撃から守るため、サンファンはぐるっと要塞の壁によって囲まれている。


プエルトリコは自然あふれる豊かな国。その豊かさの裏には、植民地時代に代表されるように、そこに繰り広げられてきた人間の悲しい歴史もある。それは、アメリカの属領と軍事基地という形によって、今なお続いている。

しかし、土を押し上げて芽が出るように、この地にも新しい時代はすでに始まっている。最初からあったその「豊かさ」を取り戻すために、大きく動き始めた地球の一地点として。


私自身にも、並行してそれが起こっている。段階を経て心の窓を少しずつ開いていくと、そのたびに、新たなる光が差し込んできて、古いものが開放されてゆく。すると、自分をより深く知るための道が、突如として目の前に現れる。

私の中にも溢れるほどの豊かさがあり、そこから泉のように湧き上がる想いや感情が表現されたがっている。その豊かな泉はずっと以前からそこにあり、私が気づいてくれるまでじっと待っていた。プエルトリコという場所で、私はそのことを頭でなく心で知った。

修道院にさようなら。私は自分を知るために、何度でも新しくなってゆく。

エルユンケで出会った大木のように光を浴びて成長していくことを、私の魂は望んでいるのだから。


<おわり>

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