2008年12月16日

この世に大切なのは・・・

♪ この世に大切なのは~
愛し合うことだ~けと~
あなたはおしえてく~れる~ ♪

10月23日。日本へ出発の朝、搭乗機が離陸し、空へ向かって上昇する。雲の中に差し込んでくる太陽の光をボーっと見ていたら、いきなりこの歌が頭に浮かんだ。意識を向けて心の中で繰り返してみる。その瞬間、急に涙がこみ上げた。

そういえば、半年前の4月、沖縄を発つ飛行機の中で、眼下に広がる海をボーっと見ていたときにも、いきなりこの歌が頭の中に入ってきたのだった。松崎しげるの「愛のメモリー」

「この世に大切なのは、愛し合うことだけ」

今、この言葉をしみじみと噛み締める。

すると、ある出来事が思い出された。かれこれ14年前のこと。ある夜、アラバマにいるトムから私の夫に電話があった。

16年前、夫と私はサンディエゴに住んでおり、そこでひょんなことからトムと知り合った。彼との接点は国際結婚。トムとはそれほど親しいわけではなかったが、結婚に関わる移民法のことで夫が彼の相談に乗ってあげていたことから、以後、トムはときどき夫に近況報告をしてくるようになった。

当時トムは航空会社に勤めていたが、ある日、空港で若い日本人女性と電撃的な出会いをし、恋に落ちた。その場で彼女に声をかけ、2回めのデートで一緒にスキューバダイビングをしたという(ちょっと変わったデート?)。20歳以上年下の彼女は、数回デートした後、彼のプロポーズに応えた。

留学生としてアメリカに渡った当時23歳の娘が、自分たちとさほど年が変わらない男性と突然結婚するというのだから、それも、これからずっとアメリカに住むというのだから、親は反対しないわけがない。

しかし、そんな親の反対を押し切って、二人はあっという間にゴールイン。トムは全然カッコよくない、頭のはげた気弱な中年のおじさん。結婚式でも、トムの方がビービー泣いていて、彼女がそんなトムの肩にそっと手を置いていた。なんで彼と結婚するのだろう?

私は、彼女はアメリカにいたいから打算的な考えが働いたのだろうかと最初は疑っていたが、彼女と個人的に話してみたら、彼女にとってもやはり運命的な出会いだったという。「これだけ年が離れているから、彼が私よりずっと先に死ぬことは覚悟してる」と笑ってみせた。若くても彼女はしっかりした女性だった。

結婚してすぐに二人の間に男の子が産まれ、やがてトムは異動で一家はアラバマへ。まもなく航空会社に不況の波が押し寄せ、トムは職を失う。彼女は専業主婦なので、たちまち収入源が断たれる。貯金も底をついた頃、トムは同じ業界でやっとパートの仕事にありつけた。

極端に切り詰めた生活が続く。トムは節約のため、奥さんが作ってくれたお弁当を持って、毎日早起きして、雨の日も風の日も、家からの長い道のりを自転車で通勤した。クタクタになるまで一生懸命働いて、それでもまた自転車をこいで帰らなければならない。毎日毎日この生活が続く。

パートの給料はしれたもの。生活費、すくすく育つ赤ん坊のミルクやおむつ、洋服代にお金は消えていく。日本にいる彼女の友達の多くは、きっとブランド物に囲まれて、優雅な独身生活を楽しんでいるのだろうが、彼女は家計のやりくりにヒーヒー言って、子育てと家事に追い回される。現実世界は厳しい。

トムだって同じ。趣味や遊びにお金を遣うわけでもなく、やっとありついた仕事を再び失わないように、ひたすら家族のために働いている。彼だって苦しい。

14年前のその夜、夫にかけてきた電話でトムはこう言った。

「ぼくは毎日毎日自転車をこいで、疲れて眠くてフラフラになりながらも、それでも一生懸命自転車こいで仕事に行くんだよ。こんな生活苦しいさ。でもね、仕事があるだけ有り難いと思っている。今はね、雨露しのげるだけの場所があって、家族が元気に一緒にいられたら、それだけで僕は幸せなんだ。彼女と一緒にいられるだけで嬉しいんだ。

今日は結婚記念日だったから、お金がなくて彼女にプレゼントなんてあげられないけど、でもせめて彼女と一緒に祝いたくて、3ドルの一番安いワインを買って、かばんに入れて、一生懸命自転車こいで帰ってきたんだ。彼女の喜ぶ顔を想像してね、それを思うと疲れも吹っ飛んだ。

でも、家に着いて彼女にワインを見せた瞬間、彼女なんて言ったと思う?
『ワインを買うようなお金があったら、なんで生活費に回してくれないの!』
目を吊り上げて、すごいけんまくで怒鳴るんだよ」

そう言って、電話口で泣いていたという。私にこの話をする夫の目も涙ぐんでいた。

悲しい。きっとトムは自分を情けなく思っただろう。

でも、彼が悪いわけではない。彼女が悪いわけでもない。生活が苦しくなってくると、誰だって心がカサカサしてくる。相手を思いやる余裕なんてなくなってくる。

景気後退、大幅な減益、派遣切り、採用取消し・・・毎日ニュースは不況のことばかり。不安は体を硬直させる。日本もアメリカも冷え込む経済で、この冬はさらに寒さが身にしみる。

トム一家はあれからどうなっただろう。その後連絡が途絶えたままだ。

複雑で困難で先が見えない暗い今の世の中、世界中にあのときのトムと彼女がいる。

カサカサの心を潤してくれるのは安心感。物質で心が潤されることもあるけれど、それ自体は厳しい冬を暖めてくれる炎のような暖かさは持っていない。

凍えるような心には、人の心の温かさが一番あったかく感じるものである。

こんなときだからこそ、互いに寄り添って
辛いときだからこそ、強い絆で支え合い、励まし合い
慈しみ合い、暖め合って
荒波を乗り越えよう
きっと乗り越えられる

飛行機の中で聞こえてきたあの歌は、天からのメッセージ

この歌に涙あふれるのは、心は知っているから

「この世に大切なのは、愛し合うことだけ」と

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