2008年9月13日

不自然な山






「山全体がゴルフ場みたいなもんだな」
ゴンドラリフトから周りの山を見回しながら、夫がボソッと言った。

先週、夫と二人で始めてカナダのウィスラーへ行った。ウィスラーと言えば、北米最大規模のスキー場として有名である。リゾート施設が充実しており、夏はハイキングやマウンテンバイク、ゴルフを楽しむ人たちで賑わう。

スキー場として開発されたウィスラーは、ブリティッシュコロンビア州の大自然に囲まれた、とても美しい場所にある。しかし、ここは、私たちが今まで訪れた山とは違っていた。ロマンチックな白銀の世界をかもし出す雪がない夏山は、本当の姿がくっきりと浮かび上がる「裸」の状態であった。

山のあちこちに、バリカンで刈られたような筋が走っている。それもそのはず、200以上のコースがあるそうだ。

マウンテンバイクでは1200メートルの標高差を楽しめるとあって、チャレンジ精神旺盛な若者が集まっていた。特に、グラディエーター(古代ローマの剣闘士)のような鎧風のガードを着けた男性が目立った。そのグラディエーターたちは、リフトに自転車を乗せて山の上まで上がり、レベル別になったコースを一気に駆け下りる。

リフトは全部で38基あり、夏はその一部が稼動している。私たちはハイキングをするために、まずリフトで標高1850メートルの所まで行くことにした。

長い長いゴンドラリフトが上へ上へと引っ張っていき、下界がグングン小さくなっていく。と同時に、周辺の様子が次第にはっきりしてくる。

ウィスラーマウンテンを取り囲むように青く連なる山並みの景観は雄大で、光と雲の織りなす表情が刻々と変わってゆく。神秘的なその様子に、畏敬の念が沸き起こった。

近くに目を落としてみると、ウィスラーマウンテンがそれとは対照的な姿を見せている。夫が「山全体がゴルフ場みたい」と言ったように、ウィスラーは山の上から下まで、ことごとく人間の手が入っていると言えるだろう。窓から真下を見ると、そこらじゅうでグラディエーターたちが駆け回っていた。「こんなんじゃ、クマは睡眠不足になってしまうなあ」

ハイキングを開始して5分とたたないうちに、頭上で掘削機がゴンゴンゴン!と大きな音を立て始めた。ウィスラーは2010年オリンピックのスキー会場に選ばれたため、現在、これに備えて整備・拡張・新設工事が至るところで行われている。

その一環として、2つの山頂を結ぶ世界最長4.4キロの水平型懸垂リフトの建設が進められており、今年の冬までに完成する予定である。ハイキングに欠かせないクマベルは、どうやらここでは必要ないようである。

確かに今までのハイキングとは違っていた。途中で目の前に現れた湖の水は、鏡のように美しかったが、そこから少し離れた所には、雪を作るための人工湖もあり、底には黒いビニールと、周りには動物よけの電線の柵が張られてあった。高山植物がいっぱいの草原の向こうには、リフトの鉄塔が高くそびえていた。

かつては、遠くに見える雄大な山々のように美しかったこの山は、スキー場開発で掘られたり、削られたり、穴を開けられたりし、夏の乾いた土の中には、毎日無数の自転車のタイヤが食い込む。

この山では、自然が創りあげたものと人間が創りあげたものが隣り合わせになっている。不自然になってしまった自然の山。人間が楽しめれば、それでよいのだろうか。

案内所でもらったパンフレットには、「ウィスラーは一位の座に甘んじることなく、さらなる革新を続けていきます」とあった。さらなる革新とは、さらなる開発のこと。

そんな山が、私に送ってきた言葉は「蛮行」であった。悲しい言葉である。随分と痛めつけられているのだなあと思うと、複雑な気持ちになった。山は泣いているのだろうか。人間を嫌っているのだろうか。

ハイキングの後、さらに上へ上がるため、高速チェアーリフトに乗って辺りを眺めながら、そんなことを考えていると、山頂間近で、すり鉢状になって雪が溜まっている所の上にさしかかった。そこは、先シーズンの終わりから人間が足を踏み入れていない場所であった。

雪の上へ出た途端、周りの音もリフトの震度も全くなくなり、深い瞑想状態に入ったような「無」の空間へ滑り込んだ。リフトは動いているのに、全てが静止しているようで、2つの異なる次元が重なった。その空間は、何もないのに全てがあるように満たされていて、完全な静寂の中で細かく振動していた。

それが迫ってきたと感じた瞬間に、私はその中に溶け込んで広がって行き、限りない優しさに抱かれた。完全に満たしてしまう何か。それを無条件の愛のエネルギーというのであろうか。圧倒されるようでいて心地よいエネルギー。急に心が震え、涙が溢れ出た。

人間の蛮行で傷つけられた山は、それでも私たちを優しく包んでくれていた。なんということであろう!

技術を駆使したリフトに乗って、毎日大勢の人が標高2160メートルの山頂に達する。しかし、人間が作ったその高速リフトのお陰で、私たちがこうやって簡単に山頂に到達できるということは事実であり、人はそこで景観を一望し、自然の美しさ、雄大さ、力強さに感動する。

もともとこの地には、先住民のスコーミッシュ族とリルワット族が住んでいた。山頂で雄大な景色を前に、私の心には、自然と調和の中で生きるすべを知っている先住民の言葉が響いてきた。

「常に七代先の子孫のことを考えて生きよ」

200年先でも300年先でも、子孫が今と同じ環境の中で生きられるよう、未来に限りない責任を持って判断し行動することの大切さを教えているのである。

はるか下にウィスラーの街が見える。2年後の冬季オリンピックには、この地はさらに人であふれかえるだろう。

自然と人間の関係は、どこで折り合いをつければよいのであろうか。私は複雑な思いを胸に、頂上でこう祈らずにはいられなかった。

「私たち人間が足ることを知り、自然の一部として調和の中で生きられますように」


写真1:鏡のような湖面
写真2:周辺の山々
写真3:ウィスラービレッジを見下ろす

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